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メトロ・ポール映画館の支配人ウォレス・グリゴロフは映画館の中央に席に座り、静かに回るフィルムの起動音と映画館の静寂に身を浸しながら、チラリと―――――たまに来てはソフトドリンクを片手に必ず、ウォレスの座る中央座席から左斜め上―――――スティッチ模様の少女がいる。
彼女の名前は知らないが、映画を見るマナーは映画館の館長たるウォレスが眼に止めるほどだ。
まずポップコーン。彼女はこれを極力避けている。きっと映画の中で余計な騒音を立てないためだろう。
そして何より彼女に感心するのはソフトドリンクだ。必ず氷無しとストロー無しでソフトドリンクを頼むのも、雑音を立てないためであろう。
ここまで徹底した映画通を目に留めないなど彼には出来ない。
彼女の瞳は虚空を見ているようで、何かしら犯しがたい闇を纏いながら映画を見つめている。彼ほどの映画好きはこの世に存在しない。そして、映画を愛する者に対して、敬意を払い、尊敬する。
映画の邪魔をするものは、お静かになってもらうだけ。
映画をこよなく愛する虐殺家の中でカリスマ殺人鬼たるウォレス・グリゴロフは、不可思議な気配を持つ少女にいつも疑問と興味。そして尊敬を持って観察する。
しかし、何度か彼女に視線を向けたが、やがて映画はクライマックスシーンへ―――――ウォレス・グリゴロフは再び映画のソファーに背を預けて、ゆったりとリラックスしながら、手を組んで映画を鑑賞する。
彼の足元にはマナーの悪い腕白な子供。子供の教育で一生を棒に振った主婦たち………計、六組。騒音も雑音も残すことも出来ないで、永遠の静止画となっている。
映画のスクリーンに薄っすらと灯るのは、微細な埃とともに舞う飛沫の赤い霧。
彼にとって映画のマナーとは、聖書よりも崇高で絶対である。
それでは………ウォレス館長の機嫌を損なわず、お静かにスティッチの少女へカメラを向けることにしましょう。
ウォレス館長に気付かれぬように―――――静止画にならぬよう、お願いします。
「さて? 殺人組織の会議を始めるが………何かしら素敵な計画はあるか?」
円卓に座る六名を見渡しながら問う殺し屋にして死神。
そのの第一声に反応を示したのは、殺戮人形。
作り物じみた金髪をオールバック。ガラスのような碧眼。磁器と目を疑うほど白い肌。
その身体に上下はキッチリと軍服のように着込んだレザージャケット。
「論理的ではありません。肯定出来ません。三〇五発で終えると?」
別に彼女は回転拳銃の死神を見下しているわけではない。むしろ、客観的で論理的な思考ゆえ――――そして、細胞に残された一欠けらの皮肉のせい。
「五月蝿い。文句があるならボスに言え、殺戮機械」
返答〇.五秒後、そのボスへ視線を投げ掛ける。
「あぁ〜落ち込まないでねぇ? クシー? ユプシロンはアナタを嫌って言っている訳じゃないからね?」
よしよしと――――母のようにクシーを己の胸に抱き寄せて頭を撫でる。
「まぁ〜確かに三〇五人はアンタでもキツいと思うよ?」
銀髪の長髪を腰まで伸ばし、碧眼は死神を見つめている。
褐色肌を彩る右腕のトライバルタトゥー、両耳に四個ずつ。左眉に一個。ヘソに一個で計一〇個のボディーピアス。
スタッズ入りの派手なロング・ジャケットを着こなす二〇歳の女性へユプシロンは静かに顔を向ける。
「なら虐殺家? 鏖殺の案があるのか?」
「ファイ・ヘルクリスだよ? ユプシロン? それに、クシーを、機械なんて言わないでよ? 皆、お友達でしょ?」
ボスの胸に抱かれている本人は、別に機械でも呼び名などどうでもいい――――ただ、優し過ぎる聖女に、
「………複雑です」と――――呟いているがボスは気付いていない。そしてファイもユプシロンもあえてスルーした。
「五人共同でこの仕事をこなせばいいと思う。そうすれば、人手は変わらないけれどアシは付かない………ユプシロン好みの美学もある。ファイの好きな粋もある。でも、言い出しては何だけど、僕は殺しが苦手だ………それで良いなら………もしくは僕の得意な場面があるなら遠慮しなくていい………気軽に声を掛けてくれ。暗殺一家のため、いくらでもターゲットを消そう。痕跡残さず、静謐に殺るよ」
アジア系と白人の混血。栗色の短髪。知的な印象を与える眼鏡を掻けた―――――特徴に乏しいビジネススーツを着た青年はどこまでも柔和―――――瞬殺の蜘蛛………闇や水のように溶け込むかのように殺る暗殺者にして、最多殺害記録保持者は静かに言う。
「粋な提案だけど………必中必殺なアンタは、どうしてこうも謙虚なの? 気になるわね? 暗殺者? アンタ人が良すぎじゃない?」
「暗殺者じゃないよ? ファイ? 彼はゼータよ」
ボスは訂正を要求。しかし、ファイ――――花火職人はキレイに無視する。
「僕は君やユプシロン違って、面と向かって人を破壊したことがあるのはたったの五回だ。君達とはとても、肩を並べられないさ」
ガチ無しの、暗殺………否………秒殺ならどれだけ人を破壊したか。
「ごめんよ。ユプシロン。あんまり外に出たくは無い………」
色素の薄い肌、漂白された白い髪―――――アルビノの特徴を持ち、ぴったりとフィットしたタートルネックにストレートジーンズを着た文学青年は溜息を零していた。
「そうか」と、引き篭もりの殺人鬼へ相槌を打つ。
「でも、皆が困っていたら嫌だな………そのときは遠慮しないで………叩き潰す」
「………そうか………だが、お前はゆったりとボスと一緒に待っていてくれ」
この五人の殺人技量はジャンル別とはいえ、互いにトップクラス。しかし、殺傷能力――――この殺人鬼は殺し傷付ける能力はまさに鬼如き能力を誇る………この鬼札を切るのは、敵に対しても同情するし、生半可に頑丈さと頑強さは死ぬ苦しみを増す。
死の形相など見慣れた魔人でも、鬼に遭遇した死に顔はあまり好んで見たいものではない。
「アル? 君はボスを守る最後の壁でボスの騎士だ。君が出ることは僕らにとって粋じゃない」
暗殺者ゼータは、ファイの口癖を借りて柔和に言う。
ボスの騎士が出て来る相手――――それは虐殺、殺人、暗殺、殺戮の分野四名が雁首揃えて殺し切れない敵――――カッコがつかない――――粋じゃない。
「確かにね――――ゼータの言う通り。アンタを出なくて済むように、頑張ってターゲットを消すさ」
ファイもゼータに習い、彼の口癖を拝借して小さく肩を竦めて言う。
今接しているこの好青年が外に出れば鬼と化す――――鬼が出てくる場面が無いことと、強敵と遭遇しないことを祈りつつ。
「あなたが出る状況に美学は存在しません」
クシーは過去、二度殺人鬼が外に出た時を思い出しながら、ボスの腕に抱かれながら機械的につぶやく。
ユプシロンの口癖を借りた言葉をアルに向かって使うと、もっとも的を得ていると思い―――――皆に見えない間小さく頷いていた。
「確かに肯定出来ない」
ユプシロンは鼻を鳴らし、皮肉を込めてクシーの口癖を使う。そして―――――視線をボスへ向ける。
「全員が殺る気になっているのは良いが――――君はどうなんだ? あの負け犬を本当に助けるのか?」
「負け犬なんて言っちゃ駄目だよ? ユプシロン? 困っているヒトでしょ? 助けなくちゃ?」
誰が見ても――――優しい微笑みで言う。
「困る奴等のほうが多いと思う」
「そのヒト達は困っていないじゃない?」
「「「「「………」」」」」
天使のようにニッコリと微笑まれて、殺しを糧とする魔人達が口を閉ざす。
天使の微笑みに反論など出来るはずが無い。
だが、彼女はそれで良い――――それが良い。
「了解だ――――ボス。では、決めてくれ――――」
少女の言葉で彼らはさらに高みの存在となる。
論理的に―――静謐に―――粋に―――美学を持って―――叩き潰す。
一にして六人の殺人者が完全に駆動する。
「じゃ、皆?」
ここは魑魅魍魎が跋扈する魔都――――キミは天使のように笑い、快活でポジティブに行けば良い。
五人を見渡し――――絶えること無い――――絶えることを知らない――――微笑を向けて、
「ヒト助けをしようね?」
親殺しのナイルの合図に従い、五人は立ち上がる。
俺達は星々――――キミが夜道に迷わぬように輝き続けよう――――俺達はキミの夜道を導くように狂い輝こう。
Or more? back?